親が75歳になったら、やっておきたい、たくさんのこと!!

2019年3月8日ごろから、各新聞紙上に「福生病院での透析中止」に関連する記事が載っています。

『病院側が透析中止の選択肢を示し、それに同意した患者が1週間後に死亡した』ことにつき、病院側を批判するような立場の記事や、その翌日の病院側のコメントを載せた記事など。

 

この問題は、どこにあるのでしょう。

 

透析を中止して死亡したこと?

いえいえ、透析が必要な人が透析を中止すれば、死亡するのは当然のことです。

透析をしなければ死亡してしまうから、透析をする。つまり、透析をしないと死亡するわけです。

 

病院が透析中止を勧めて死亡させた?

もし、病院側が積極的に透析の中止を勧めたとなれば、積極的安楽死(殺害型)。刑事事件です。病院が殺人罪に問われる可能性があります。病院が、そんなことするはずはありません。

 

 

問題は、

「終末期医療のあり方」と「尊厳死」。ここにあると思います。

 

「尊厳死」とは、延命治療をしないことを選択すること、および痛みの緩和などのために投与された薬の副作用として生命が短縮しても良しとすること。

今回の福生病院の例では、延命治療をしないこと=透析をしないことを選択することです。

 

「尊厳死」は、本人が選ぶものです。

 

しかし終末期には、本人が病気等のため、尊厳死を選ぶか否かの意思を決定できない、あるいは意思を表示できない状態であることが多いです。

 

そのため、あらかじめ本人と家族と医療関係者がよく話し合いましょう、いわゆる“人生会議(アドバンス・ケア・プランニング:ACP)”を行いましょう、としています。

 

今回の福生病院の場合でも、もちろん、病院側と本人と家族の話し合いが行われたことでしょう。

それが、まるで事件が起こったかのように新聞記事として載ってくるということは、話し合いが足りなかったのか、話し合いはしたけれど理解が足りなかったのか、ということだと思います。

 

 

日本は超高齢社会。これから死亡する人が増えていく、多死社会になります。もっともっと「終末期医療のあり方」についての問題が増えていくことでしょう。

 

「福生病院での透析中止」は、事件の報道ではなく、「終末期医療のあり方」と「尊厳死」についての問題提起だと思います。

いずれ親や自分の終末期に立ち向かうことになる私たち。

「尊厳死」を選ぶにしても、選ばないにしても、納得できる終末期を迎えることができるようにしたいものです。